今日の出来事。

2002年9月12日
9/12 朝

 昨日からの追悼番組にかじりつきっぱなし。こういう大事件も日本では数週間から数ヶ月で風化してしまうのであるか、ぐうさんの中ではかなり大きな事件であった。

 昨年の9・11にぐうさんが何をしていたかというと、数日前の台風?だか強風で賃貸の部屋のアンテナが全く機能しなくなり、TVを見られない日がしばらく続いていた。

しょうがないのでプレステなどで遊んでいたのだが、11日の夜になって友達がメールで「恐ろしいことになった」と打ってきて、情報から隔離され急性世捨て人だったぐうさんは何のことだろう?としか思わなかった。

 そして朝。TVアンテナの端子が2つあったことを思いだし、死んでる端子から生きてるほうに付け替えたら、今までの不具合が嘘の様に無くなった。そして飛び込んできた映像。ぐうさん、生まれて初めて「知らない誰か」の為に泣けちゃったよ。「くっだらねーこと、やってんじゃねー!」って言った気がする。

 他の友達が「アメリカが今まで他の国に対してやってきたことを考えれば当然の報いじゃん」と言っていた時、それは本当にそうなのか?と思っていたが、昨日深夜NHKでやっていた番組の中で2002年の新年を迎えたある父子の子供の方が「大きくなったら軍隊に入って狙撃兵になるんだ」と言った後、父が「世の中に出たらいいことをするんだぞ」みたいなことを子供に言い聞かせているシーンがあったのを見て、薄ら寒く感じた。
もともと正義なんて価値観の違いでどちらにも転ぶものであろうとは思っていたが、それを実感させられた。情報を知るのと理解するのはこんなにも違うものなのだな。

 この事件以降、ぐうさんはとても幸せなことがあるとそれを素直に喜ぶようになった。台風一過で夕焼け空に雲が幾層にも重なっていたのを見た時、バイクツーリングの日がピーカンだった時、飲食店でおいしい場所を見つけた時などなど。とにかく、明日死んじゃっても「後悔しない生き方」を自然に実践するようになった。

 NHKの番組の前にTBSでやってたショートフィルムズ(11人の監督による9・11をテーマにした作品)で、ショーン・ペン監督の映画が一番愕然とした。最後のシーンで今まで窓から入ることの無かった朝日がWTCの崩壊で部屋に入り、その光で目を覚ました主人公は日の光によって復活した窓辺の花を見て、亡き妻を思い出し泣き崩れるのだ。

これは視点の違いによって感じ方が変わる作品だが、ぐうさんは見ていてなんか、こう、胃の辺りが重かった。昔やってたアニメの「風が吹いた時」(だっけ?)を見た後の様な。

9/12 夜

 プチツーリングで川越へ。ここは喜多院とサツマイモと菓子の町であるらしい。が、そんなものは無視して横丁の裏に入って猫とじゃれる。母親の眼病に感染し小猫達のほとんどが片目、もしくは両目を失明していた。その患部はただれて腐っていた。このノラ達の世話をしているおばさんと少し話した。

動画:常時接続じゃないとツライので覚悟してください。
http://shinjuku.cool.ne.jp/proof/diary.htm

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